鴨井院長による動画解説
受診までの経過
3年前に乳癌に対して乳房全摘手術(乳房切除術)を受けました。半年たった頃から少しずつ痛みが出るようになりました。最初はカロナール、トラムセットで対処していました。8か月ほど前から今までにない痛みにおそわれるようになったため乳腺外科医と相談したところペインクリニックを紹介されました。そこではブロック注射やトリガーポイント注射、投薬治療、理学療法など受けましたがなかなか緩和されず、手術で神経が傷ついたことによる神経障害性疼痛ではないかと言われました。ペットボトルの蓋を開けたり、堅い野菜を切る際に痛みが走るなど日常生活に大きな支障をきたすようになったため、少しでも緩和できればと思い当院にご相談いただきました。投薬については、タリージェ(10mg/day)とリボトリールに変更となっていた他、ホルモン剤としてレトロゾールを処方されていました。
大学病院外科医から丁寧で詳細な紹介状をいただきましたが、以下のような所見でした。
・右乳癌T2N0M0 stageⅡA
・3年前に右乳房切除術+センチネルリンパ節生検
・術後、創部のケロイドもあったためアトファイン、タリージェ、トラムセットなど処方したが疼痛改善みられず。
・1ヶ月前のCTでは再発転移は認めていない
診察時の所見
非常に難しい痛みの一つですが、カテーテル治療が有効であるかどうかは症状の性質が重要になってきますので詳細に問診を行います。以下、参考までにその一部を記します。
・常時あるような痛みではなく、何かをした拍子にびりっと走るような痛み
・マウス操作などでも出るときがある
・痛んでくると前胸部がぷっくりと腫れてくる
・車の運転でも痛みが出るため(ハンドル操作による刺激)最近はしていない
・運転中というよりも帰ってきてから痛くなる
・痛みに熱さを伴うかどうかははっきりしない
・安静時の痛みはない
・痛みの時間帯には特徴はない
・気温や気圧の変化や入浴での変化はない
・当初はそれほど痛くなかったが、術後2年5ヶ月くらいから特段のきっかけなく急に痛くなってきた
・これまで一時的にでも効果があったような治療はない
・痛みで起きることはないが、右を下にして寝ると痛い
・20-22時頃に就寝するが、4-5時間で一度は目が覚める。
身体診察では痛みの局在は明瞭で境界がはっきりしており、圧痛も明確でした。但し、その領域は広範囲に及んでいました。以上から病的新生血管が介在する慢性炎症の存在は明確であり、薬剤による過度の影響や、その他高度のうつの合併、高度の睡眠障害などがないことより微細動脈塞栓術(運動器カテーテル治療、運動器EVT)による症状の改善が期待できましたので治療を受けていただきました。この際、比較的重症度の高い首こりの所見も認められたため右胸部の症状改善に寄与することも期待して併せて治療を受けていただくこととしました。
治療の所見
頸部において、深頸動脈造影にて典型的なモヤモヤ血管(造影剤の濃染像)を認めました。右胸部に関しては通常モヤモヤ血管がよく視認できる部位ではないため特殊なDSA撮像というのは行っていませんが、あらかじめマーキングした疼痛部位を網羅するように治療を行いました。画像は胸背動脈および外側胸動脈を示していますが、特に外側胸動脈治療時に再現痛(治療に伴うふだんの痛みの一定の再現)を確認しました。その他複数個所の血管を漏れのないように治療して終了しました。
治療後の経過
ご遠方のため、治療後は必要のない限り電話診察のみでの対応としました。治療後2週間では変化がなかったのですが、1ヶ月時点で首の痛みはなくなり痛い時の腫れが半分くらいに治まってきました。ペットボトルの蓋も開けられるようになったとのことでした。さらに3週間経つと右側を下にして寝られるようになったと、声にも張りがあって非常に明るくお話しいただきました。治療後3ヶ月、コロナワクチン接種の副反応で左腕が腫れてかばっていた際に右胸の症状が一時的に悪化しましたが、次第に回復し、生姜のすりおろしやニンニクのすりおろしなど、徐々にできることが増えてきました。5ヶ月時点、まだ痛みがないわけでないのですが、7-8割方症状が軽減されているとのことでした。まだ自宅の片付けなどで腕を使いすぎたりすると痛みが出て少し腫れたりもするようです。受診前のハンドル操作だけで生じていたような激痛は治療後一度も生じていないそうです。当初の状態からはずいぶん快復されているのですが、残りの痛みも何とか改善してもらいたいと願ってやみません。残存している痛みの性状からは追加治療の効果が期待できますので、今後経過によりご相談していきたいと思います。出来うる限りの努力を続けていきます。