鴨井院長による動画解説
受診までの経過
以前から腰痛がありましたが、1ヶ月ほど前から突然立つ・歩くなどができなくなりました。痛みは右のお尻から太ももの裏側にありしびれもあり動かすことができず、しびれは右足親指、人差し指にも生じていました。総合病院の整形外科では、腰椎圧迫骨折だと言われましたがそのせいではない気がしたため脊椎専門病院にてMRI検査も受けましたが、圧迫骨折はあるが整形外科的に何かする必要のある異常はないと言われました。自分としては、ずいぶん以前に経験した坐骨神経痛に似ているが、その頃と異なり入浴で温めるとかえって痛みが強くなるように感じていました。長時間の座位でしびれや痛みはさらに増悪しました。非代償性アルコール性肝硬変、骨粗鬆症がありかなり痩せているうえ、4年前には左大腿骨頸部骨折も起こしていました。(身長167cm 体重45kg BMI 16.1kg/㎡)
診察時の所見
車いすで入室されました。疼痛が非常に強く体位変換も困難なほどであったため、まず応急的に注射治療を行い精査をすすめていきました。レントゲン検査では、腰椎圧迫骨折を複数個所に認めたほか、腸骨稜(いわゆる腰骨)の骨表層不整像や骨硬化像などを認めました。症状は明らかに右坐骨神経痛であり、仙腸関節障害や変形性腰椎症が原因だと思われましたが、他に肝硬変や骨粗鬆症に起因する低栄養・慢性炎症が深く関与していること、それにともなう骨盤の脆弱性が内在しているうえ、長期車いす生活による筋委縮も高度に進行していました。つまり、慢性腰痛および坐骨神経痛の原因はあるもののそのせいだけで歩けなくなっているわけではなく、サルコペニアを合併しそれが増悪したことで『歩けない』、『動けない』という状態になっていると考えられました。そのため、痛みを緩和できても歩けるようになるかは不明でした。ご本人・ご家族としては歩けるようになるかどうかを一番心配しておられましたが、それには治療後に相応のリハビリを続けていかなかなければならないし、歩けるようにはならない可能性があることも十分ご理解いただいたうえで運動器カテーテル治療(微細動脈塞栓術)を受けていただきました。
治療の所見
腰椎レベルから臀部、股関節周囲に至るまで広範に両側の治療を行いました。画像ではその一部を示しています。
治療後の経過
治療後すぐから痛みは大幅に減りました。3日後からリハビリを自身で開始して、なんと、その日夫が仕事から帰宅したら立っていて大変驚いたそうです。1週間後には基本は車いす移動であるものの少し歩けるように、その後爪先立ちができるようになりました。治療後2週間の再診時には杖歩行で入室されました。あまりの劇的な回復ぶりに私も大変驚き衝撃を受けました。痛みが楽になったとはいえ、大変なリハビリ努力があったことは想像に難くありませんでした。治療後1ヶ月、右下肢のしびれはまだ残っていましたが、以前のような無感覚な状態とは異なるとのことでした。右母趾にもだいぶ力は入るようになりました。整形外科には週に3回リハビリに通うようになりました。このときも杖歩行でしたが、歩容がずいぶんと安定し改善されていました。腰臀部診察時の圧痛も大幅に減っていました。治療後2ヶ月、ずいぶんと楽になりついに右下肢のしびれもなくなりました。日常生活で困ることがなくなり、治療後1ヶ月半の時点で職場復帰を果たされていましたが、座りっぱなしのためお尻の筋肉が硬くなるようなことはあっても痛みは生じなくなりました。非常に経過良好であり特に追加の処置をすることなく、もう少しだけ経過観察を行うこととしました。治療後3ヶ月、ついに杖なしで歩けるようになっていました。まだまだ腰可動域の高度の制限があるなど硬さは残っていましたが、前屈などはかなり改善しており今後も整形外科でのリハビリを継続していくこととして終診となりました。回復を困難にする様々な要因を抱えながらも、歩くことをあきらめずにがんばり車いす使用から杖なし独立歩行へ、そして早期の職場復帰まで遂げられたその努力、精神力に心より敬意を表します。
肝硬変、骨粗鬆症とサルコペニアはそれぞれ密接に関係しており、サルコペニアの合併率が高いことが知られています。65歳未満の若年例においても生じうるのが特徴であり正にそうした状態でした。この方の場合、最後の一押しとなったのが坐骨神経痛の増悪(運動神経のみならず知覚神経まで障害)と思われます。運動器カテーテル治療により炎症を鎮めて痛みを大幅に減らしたり、広範囲の筋肉の血流を改善したりする作用が期待できますが、それらがサルコペニアの改善にも寄与したかどうかまでは定かではありません。まだまだ科学的には明らかになっていませんが、我々が考えている以上にこのモヤモヤ血管の治療というのは骨格筋の機能改善にも大きな役割を果たしているのかもしれません。
そして、結果として痛みやしびれがなくなり、歩けるようになって筋力の維持・向上にまで至ったことは肝硬変の予後改善にもつながります。これまでの悪循環を断ち切り、良い方向へ舵を切ることができたのは本人・家族の努力があってこそですが、そのきっかけとして運動器カテーテル治療が大きな役割を果たしたことは紛れもない事実であり、改めてこの治療の底知れない可能性を心に刻むこととなりました。